ここ1、2年、本屋さんの平積みコーナーを賑わせているのが
AI(人工知能)関連の書籍です。
AI本はいろんなかたちで人間の本質とは何なのか
という問題を考えさせられるのでどれも面白い発見があります。
いま読み進めている、棋士の羽生善治さんと
iPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥先生の対談本
『人間の未来 AIの未来』(2018年、講談社)は、AIの専門家ではないお二人が
それぞれの視点から人間の知性や再生医療について熱く語り合っています。
お二人の半端ない知的好奇心と
お互いへの深いリスペクトにあふれた内容になっています。
心に引っかかったのが、羽生さんが棋士と将棋ソフトの違いに触れた次のコメントです。
「棋士が次に指す手を選ぶ行為は、美意識を磨くことにかなり近いものなんです。」
人間の棋士が直感、読み、大局観を使って勝負をするのに対して、
将棋ソフトは即時的かつ網羅的に盤面を解析しあらゆる手に点数付けをする。
その手筋に美しさはない、と。
ただ人間の美意識が選択肢を狭めている可能性や、
AI技術によって逆にそれが変わっていくことについても言及されています。
建築の分野でいま熱いトピックはBIM(Building Information Modeling)と
それに伴うVR(virtual reality)技術ですが、
その次に来るのはおそらくAI技術かもしれません。
いまから20年以上前、1990年代後半に、コンピュータが建築を設計するとしたら
いったいどのようなふるまいをするのかと構想(妄想)した人がいます。
建築家の原広司さんです。
建築の論壇には人間離れした知性をもった建築家が何人かいますが、
原さんもその一人です。
最近彼が、彼の教え子でもある世界的な建築家 隈研吾さんの展覧会
『くまのもの』を評して書いた文章はこんな調子です。
「隈研吾が物質;方法;幾何学という時,なにかしらの単位xとそれらの集合X,
配列τがあって,おおむね(X, τ)と表記される。(中略)
xをセルcellで採ると大事になるが,
隈研吾は巧妙にも,彼の言う物質で採ったのである.」
……。
そんな原さんがかつて思い描いた建築設計ソフトウエア
「ARCHITECT(アーキテクト)」は、もちろん単に製図を補助するCADなどではなく、
コンピュータの高い計算能力をもって「設計」するソフトです。
彼は実際、ARCHITECTなら等差級数で得られる寸法を用いた立方体状の建築
をつくるだろうという想定のもと、いくつかの住宅を実現させてしまいました。
自邸(←都市を埋蔵した住宅)の増築としての (5,800mm)3や、
ある夫婦のための実験住宅としての (7,000mm)3などの一連の作品です。
設定したルールを確信してさらっと建築をつくりあげる原さんの力量もスゴイですが、
彼を信頼して設計を任せたクライアントにも脱帽です。
ところで、近未来のAIはどのようなアプローチで建築を「設計」するでしょうか?
そもそもそれはソフトウエアというよりは
iPhoneなどのスマホ上でうごくアプリの形態を取るかもしれません。
名前は全部小文字で「architect」がいいでしょう。
これからのIT技術のドレンドは等差級数や立方体などの普遍的なアプローチではなく、
ユーザーごとに最適化されたパーソナライゼーションです。
「architect」を起動して求められる情報はきっと建築場所の地名地番だけです。
(Google Map上でタップも可。)
寝室はどれくらいの大きさでいくつ必要ですか?などというヤボな質問はしません。
「architect」はあなたのFacebookやTwitter、Instagramなどの投稿とかいいね、
写真アプリに撮りためた画像・動画、
Pinterestでどんなイメージにピンをしているか、
antenna* やグノシー、Flipboardでどんな記事をクリップしているか、
デザイン好きならHouzzやArchitizerの閲覧履歴などを読み込み解析します。
そして家族構成、要望、予算、好みなどを高い精度で割り出し
プランを瞬時に生成します。これがあなたのおうちです、と。
(ちなみに場所を指定した直後にアプリは行政機関のデータベースにアクセスして
諸々の法的チェックと事前調整は数十秒後には完了しています。)
たぶんその頃にはもう発売されているであろうアップル社製のAR/VRゴーグル
iGlassをかけて即座にその空間を体験することもできます。
(修正や微調整はその擬似空間で行います。)
「architect」はどのように収益を生むのでしょうか?
おそらく開発・提供元は、建築家とクライアントを結びつける
プラットホームを持っている企業とか大手ハウスメーカーとかかもしれません。
彼らは「architect」が参照するデザインソースをふんだんにアーカイブしています。
逆に、設計者向けに提供して業務補助に利用してもらう方向もあるかもしれません。
どんなかたちにしろ、AIが建築設計の分野に進出してきたとき、
生身の建築家たちはどうなるのでしょうか?
AIが生成したプランを最終確認するだけのチェック係になるのか、
ブランドを確立してAIが参照するデザインソースを提供する立場を死守するのか、
はたまたSEとしてAIを育てる側にまわるのか…。
紹介した対談本でもやはり触れていますが、人間にできてAIにできないことは、
逸脱すること(忘却することも含めて)と
情報以外の事柄を感覚することだと思います。
前者はAIのディープラーニングにより追いつかれる可能性はあります。
プログラマの行う最終工程にプログラムの不具合を取り除くデバッグ(debug)
という作業がありますが、これからはユニークなバグを埋め込む
エンバッグ(embug)が彼らの腕の見せどころになるかもしれません。
後者は人間の最後の砦です。
このことについてはまだぜんぜん整理できていないので、
これからゆっくり考えていきたいと思います。
後半は、ハッシュタグがいまだに何なのか分かっていないSNSオンチの
いち設計事務所スタッフが、長い出勤ドライブ中に繰り広げた妄想でした。
長文失礼しました。
(K)